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会社は家族の思いを守るもの。 父と二人三脚で目指す、天井事故のない世界

会社は家族の思いを守るもの。 父と二人三脚で目指す、天井事故のない世界

天井で人の命を守るアトツギ:株式会社マクライフ 牛垣 希彩 氏


「吊る」から「張る」で人の命を守る天井を

岡山県北部に位置し、県内で3番目の規模を誇る津山市。中国山地や中部吉備高原に接し、のどかな田園風景が広がる。この場所に、膜天井で世の中にイノベーションを起こそうとする会社があった。


津山市下野田に事務所を構えるマクライフ。田んぼの上をトンボが飛び回るのどかな風景が広がる

「ここから見える景色が好きなんですよね」

そう教えてくれたのは、父が立ち上げた「株式会社マクライフ」を手伝うために2022年に生まれ故郷の津山市へ戻ってきた牛垣希彩(うしがき・まい)さんだ。キュートな笑顔が印象的だが、胸の内に熱い闘志を燃やす彼女。一度は地元を離れ、一般企業に就職した希彩さんが「マクライフ」を手伝うことになったのにはどんな物語があったのだろう。


希彩さんが自社製品「マクテン」に使われるシートを広げて見せてくれた

「このシート、小さな金具で横から引っ張るだけで通常よりも強い膜天井ができるんですよ」

聞き馴染みのない「膜天井」という言葉。見学に加え、施工の様子を動画で見せていただいた。


https://www.youtube.com/watch?v=pUZSV7slq_4
マクテンは全面足場不要で設営できることや、従来の天井工事の1/4以下と工期が短いことから業界から徐々に注目を集めている

薄いシートからピンと貼られた美しい天井があっという間に完成していくことに驚く。その様子は、マクライフが掲げる「天井は、『吊る』から『張る』時代へ」というコンセプトそのものである。

震災をきっかけに生まれた天井システム

吊り金具を不要とする膜天井「マクテン」を販売する会社として2017年に設立されたマクライフ。希彩さんの祖父母が1977年に創業したテント製造・加工会社「ファインアートかわばた」の2代目である父・和弘さんが、東日本大震災をきっかけにたったひとりで立ち上げた。


祖父母の代から現在の事務所があるこの場所で家業を営んできた和弘さん

2011年3月11日、最大震度7の揺れが東日本各地を襲った。日本中のメディアが連日さまざまな震災関連のニュースを報じたが、和弘さんの心を動かしたのは天井事故だった。

当時、何トンもの重い釣り金具を使って取り付けられていたボード型の天井が崩落し、5万件もの建物が使えない事態に。その中には、避難所となるはずだった学校の体育館や公共施設も含まれていたという。この状況から、一刻も早い復興作業が望まれ、吊り金具をさらに補強するかたちで天井の修理が行われた。

そんな現地の様子を知った和弘さんは、「再び大きな地震が起こったとき、この方法では天井がさらに重くなってしまい、天井事故が繰り返されてしまう。それではみんなの命を守れない」と、自社のテント技術を活かし、軽くて吊り金具のいらない天井をつくることはできないかと考え始めた。

こうして生まれたのが、建物の安全と人の命を守るために開発された天井システム「マクテン」だ。


ファインアートかわばたの建物内に事務所を構えるマクライフ。天井はもちろんマクテン

強靭なファイバーシートを強い力で水平に引っ張ることで重い吊り金具を不要とし、大型地震の度に起こる天井事故のリスクを大幅に軽減した。屋根の形状や高さを問わず設営が可能なため、現在では学校やオフィス、公共施設などの天井に採用されている。

和弘さんのアイデアが、だた吊るされているだけの天井を、人の命を守るための天井へと生まれ変わらせた。

家業を手伝うため、5年続けた百貨店を退職

優れた商品を開発したものの、営業活動に苦戦し、創業以来ほぼ事業は動いていなかったそう。そんな中、再びマクライフの時計の針を進めたのは、2022年に家業を手伝うために戻ってきた希彩さんだった。


取材に伺った時期は体育祭シーズン。建物の外では貸し出し用のテントが風になびいて揺れていた

「百貨店の仕事が楽しかったので、最初は家業を継ぐことは考えていませんでした。5年目の昇給試験のとき、今後のキャリアや、自分の生き方について考え直す機会があり、家業を継げば、“牛垣希彩”として誰かの役に立てるのではないかと思うようになりました。

もうひとつの理由は、実家に帰るたびに父が辛そうにしていたからです。マクテンを開発したものの、当時は業界での認知度が低く、広報活動にも苦労していました。父にとってネットは苦手分野。父よりもSNSに詳しい私なら協力できることがあるかもと一念発起しました」


幼少期から「ファインアートかわばた」は弟が継ぐことが決まっていたため、家業への興味関心が薄かったそう

企業の一社員としてではなく、“牛垣希彩”として誰かを笑顔にしたい。広報が苦手な父をサポートしたい。2つの想いが重なり、希彩さんは2022年8月にマクライフに入社。現在は、営業や事務、広報業務など幅広い業務を担っている。

祖父母の代から積み上げてきた顧客がいるテント事業とは異なり、土木・建築業界への売り込みが必要とされ、これまで関わりのなかった世界へ飛び込むことは容易ではない。

自分で売り上げをつくらなければ収入はない。厳しい条件下で、「まずは商品を知ってもらうことから」と、希彩さんは営業活動に注力。地道な活動が身を結び、入社してからわずか10ヶ月後に見積り件数は10倍になった。

「マクテンはまだまだ世の中に認知されていない商品ですが、実際に見ていただくと面白がってもらえます。父の思いが詰まったマクテンを世の中に広め、多くのひとに届けることが私の使命だと考えています」

笑顔で話す希彩さんの目からは、強い覚悟が感じられる。

方向性の違いから父と衝突する日々



元々家族が好きで、父とも仲が良かったという希彩さん

今でこそ事業内容を理解し、奮闘している希彩さんだが、その過程には父との衝突も多かったと当時を振り返る。

「最初は喧嘩ばかり。父の立場からすると、これまでの苦労も知らないで途中から入ってきた私に不満があったんだと思います」

これまで1人でやってきた父のことを助けたい。なんとか結果を出してはやく認められたいという思いから、焦って空回りすることも多かったそうだ。

マクライフが設立された2017年は、ちょうど希彩さんが百貨店に新卒入社し、地元を離れたタイミング。その間、父はマクテンを開発するため同業の会社に何度も足を運んで視察をしたり、専門家に相談するため大学を訪れたり。「天井事故を減らす膜天井をつくりたい」その一心で商品開発に励んでいた。

ゼロから世の中にないものをつくった父と、これからマクテンを10にも100にも広めていこうとする希彩さん。見てきた世界が違うからこそ、相容れないものがあった。

家業との向き合い方が変わった2つのピッチ

そんなふたりの心の距離が縮まったのは、希彩さんが2つのビジネスコンテストに出場したときのことだ。


岡山イノベーションコンテストで受賞をしたことで、会社のある下野田町内会から、「地域を盛り上げてくれてありがとう」と感謝状をもらったという

2022年11月に開催された「岡山イノベーションコンテスト」に出場した希彩さん。革新的なビジネスモデルを提案する参加者が集う中、希彩さんは見事グランプリに輝いた。

「賞をいただいたことで、マクテンの認知度が一気にあがりました。岡山イノベーションコンテストに出場していなければ出会えなかったひとがたくさんいます」

一方で、後継ぎならではの悩みもあったという。

「岡山イノベーションコンテストでは、自分で起業した人が多く、いかに利益をあげて市場を広げていくかということが競われました。ゼロから事業をつくる参加者の中で、父のつくったマクテンでビジネスをすることに対し『自分には軸がないのでは』と悩んだ時期もありました」

そんな希彩さんのモヤモヤを晴らしたのが、2023年2月に出場した「アトツギ甲子園」だった。


「アトツギ甲子園」のステージに立つ希彩さん。事業への熱い思いと真剣な表情に引き込まれる

「アトツギ甲子園にエントリーして大きく変わったのが、社会的な視点とアトツギの視点の双方から事業の未来を描けたことです。

アトツギ甲子園では、審査項目の中に『社会性』という項目があります。これまではマクテンを世の中に広めることで精一杯でしたが、プレゼン準備では命を守る安全な天井が広まった先に、どんな豊かな世界が待っているのだろうと自問自答を繰り返しました。

アトツギ甲子園を通して紹介されたメンターから『もっと広い視野で思い描いていいんだよ』とアドバイスをいただき、『マクテンを使って人々に感動を与える空間をつくりたい』という新たな夢が見つかりました。同じ目線で伴走してくださるメンターのサポートがあったおかげで、1人では答えが出ない悩みがクリアになり、事業の解像度が高まっていきました」

メンター制度があるのも「アトツギ甲子園」の魅力のひとつだ。希彩さんのメンターを担当したのは、たい肥化装置や脱臭装置などを製造する株式会社ミライエ・2代目代表の島田義久さん。業界でも注目を集めるアトツギだ。社会課題解決に資する事業を実施し、IPOを目指し活躍されている経営者に直接相談できる機会が、希彩さんの視座を高めるきっかけになった。

さらに希彩さんは、このピッチに出場したことでアトツギとしてのアイデンティティを確立していったという。

「事業を紐解いていく中で、祖父母がつくったテント事業、東日本大震災から生まれた父の思い、地域のひととの関わり、そういった家族が築き上げてくれた歴史の上に自分の人生や今の仕事があることに気づいたんです。
父の思いを深く理解しないまま家業を手伝ってきましたが、このピッチを機にアトツギとして背負うものの大きさを実感し、家族の思いが詰まった会社をなんとしても自分が守らなければと、アトツギとしての自覚が芽生えました。事業への理解が深まるにつれて1人で会社を起こした父を改めて尊敬するようになり、自然と息が合うことが多くなっていきました」

「会社はただ利益を追求するためのものではなく、家族の思いを守る大切なもの」といった自分の軸を見つけ希彩さんは、どこか自信に満ちているように見えた。希彩さんが事業への理解を深めたことで父と目指すべき方向が一致し、今では親子二人三脚で心を通わせながらマクテンの事業拡大に取り組んでいる。

後継ぎとして、自分なりのカラーを添える

「今はテント屋というルーツを持った私だからできる、“膜天コンシェルジュ”になりたいと思っています。マクテンを通じて新しいつながりが増えたこともあり、テント事業に興味を持ってくれる方もいます。テント事業とマクテンの架け橋になることが私の役割だと考えています」

家族への思いが人一倍強い希彩さんは、趣旨の異なる2つのピッチ出場を経て、祖父母と父がつないできたバトンに自分なりのカラーをプラスすることが3代目としてできることだと確信した。そして、目をキラキラさせて将来の展望を話してくれた。


テントシートの加工や設営などを手がけるファインアートかわばたと協力しながら事業を展開するマクライフ

「広大なスペースに設置することができるというマクテンの強みに色や光をかけあわせたら、ひとの心に感動を与える魅力的な空間がつくれるのではないかと考えています。真っ白な天井も美しいですが、カラフルな天井だとその空間にいるだけでなんだか楽しそうですよね」

自分に軸がないことがコンプレックスだった希彩さんにとって、「アトツギ甲子園」の出場は、家業との向き合い方が変わる大きなターニングポイントとなった。悩んでいたかつての希彩さんはもういない。

受け継がれるのは、会社名や顧客だけではない。親子ふたりの物語から、誰かの思いを継ぐことができるというのはとても尊いことだと教えてもらった気がした。



事業者名:株式会社マクライフ
会社所在地:岡山県津山市下野田387番地1
ホームページ:https://maklife.jp/
SNSリンク:https://twitter.com/maklife__



ライター、カメラマン、編集:ココホレジャパン株式会社(https://kkhr.jp/
制作日:2023年9月~11月 ※第4回「アトツギ甲子園」特集記事引用


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