文具で「田舎のディズニーランド」を作る! ブレない信念を貫き、見えた新たな景色
ワクワクする文具店をつくるアトツギ:株式会社ホリタ 堀田 敏史 氏
エンターテイメントカンパニーを目指す文具店
福井県にある文具店、株式会社ホリタは県内に6店舗を展開する老舗文具店だ。「ホリタ文具」といえば、地元で知らない人はいないほど。2022年4月には福井県越前市に「HORITA LIFE CANVAS」をオープンした。
店内でも目を惹く「ペンストリート」。さまざまな種類のペンが10mにわたって続く
店内は文具だけでなく雑貨や知育玩具、キッチン用品など幅広いアイテムが並び、子どもだけでなく大人もワクワクする空間が広がっている。
お店のシンボル「えんぴつの木」。葉っぱの緑は、えんぴつを削ったおがくずの粘土で造形している
「お子さんが店に入って来ると、『わー!』ってキラキラした顔で駆け出していくんです。そんな姿を見るたびに、この仕事をやっててよかったなと思いますね」
そう話すのは株式会社ホリタ3代目社長の堀田敏史(ほりた・としふみ)さん。今や文具業界だけでなく、事業を承継した全国の「アトツギ」たちからも注目を集めている人物だ。
株式会社ホリタ3代目社長、堀田敏史さん。2014年に3代目社長に就任
EC化やデジタル機器による紙離れ、人手不足など文具業界を取り巻く課題は多い。そのような中でもあえて実店舗にこだわり、「文具店からエンターテイメントカンパニーへ」の挑戦を続ける敏史さんに、家業を継いでからこれまでを振り返ってもらった。
「いつかビッグな人になる」想いを胸に東京へ
戦後まもない1950年に誕生した株式会社ホリタ。敏史さんの祖父母が創業した後に母親が継ぎ、卸を中心に事業を営んでいた。大量のファイルが山積みになっている倉庫は、幼い頃の敏史さんにとって格好の遊び場。小学校はソフトボール、中高はバドミントンに明け暮れ、「いつかビッグな人になりたい」という漠然とした想いを胸に、東京の大学へ進学した。福井にいる父親が突如上京したのは、敏史さんが大学4年の頃。就職活動も終盤に差しかかる中、「家業が厳しいから福井に帰ってきてほしい」と言われたのだ。
「これまで直接継いでほしいと言われたことはなかったので、そんなに経営が大変なのか……と驚きましたね。でもそのまま帰る選択肢はありませんでした。『大変なのはわかるけど、社会人として力もつけたい。2年は待ってほしい』と伝えたんです」
大学を卒業後、就職したのは都内の大手証券会社。あえてストイックな業界に飛び込んだが、これまでの経験はまったく通用せず、苦難の日々だった。新規開拓の部署で毎日飛び込み営業を重ね、何十件、何百件と名刺を配るも結果が出ない日々。しかし地道な努力を重ね、入社3年目の時に社長賞を受賞。一定の成果を出せたことと結婚のタイミングが重なり、2008年に福井へ戻ることを決めた。
退職者が続出してもブレなかった信念
家業に入り、敏史さんは「えらいところに帰ってきたな」と思ったそうだ。「証券会社での経験から企業を見る目は養ってきました。それでいうと、うちは組織として成り立っていない。会社にはパソコンが1台しかなく、納品書や請求書、見積書などもすべて手書き。在庫管理も粗利管理もままならない状態でした」
まずは仕組みを整え、利益を見える化するところからスタートした。当時のホリタ文具は市役所や学校をはじめとした官公庁の外商が売上の大部分を占めていたが、入札制による価格競争の激化により、BtoCに転換するタイミングを迎えていた。
その当時から敏史さんが言い続けていた言葉がある。それは「文具の力で田舎の身近なディズニーランドを作る」ことだ。
「社員はみんな呆れ顔でしたね。『とんでもない後継ぎが帰ってきた』と思っていたはずです(笑)。しかし奇をてらったわけではなく、心からそう思っていました」
文具はワクワクするもの。しかし、“まちの文具屋”といえば、商店街の片隅にある薄暗いお店のイメージ…。そんなギャップが幼い頃から敏史さんのなかにあったという。文具の力で、ディズニーランドのようにテンションがぐっと上がる瞬間を生み出せるはず。敏史さんのビジョンとリーダシップに着いていけない社員が次々と退職していくなかでも敏史さんの信念は決してブレることがなかった。
「目標を言い続け、本気で努力していればきっと叶う。だからこそとんでもなく大きな目標にしようと思いました」と敏史さん
親子連れも気兼ねなく楽しめる店舗づくり
リアル店舗の運営に舵を切ったホリタは、2008年には福井市に花堂店を、そして2014年には北陸最大級となる売場面積300坪の春江店をオープン。店内には子ども用の文具だけでなく、大人用のビジネス用品や高級筆記具もラインナップし、幅広い世代が楽しめる場所に。キッズスペースを設け、アートのワークショップを行うなど、コンテンツも強化していった。滑り台を設置するなど、広々とした春江店のキッズスペース(画像提供:株式会社ホリタ)
「ご家族でホリタ文具に来店し、『はい、解散』とそれぞれ行きたい場所に向かうのがいいなと思っています。文具は文化性や教育性が高い商材なので、たとえばゲームセンターに比べて堂々とお金を使えるし、子どもだけでいても危ない場所はないので、親御さんも罪悪感なくゆっくり過ごせるんです」
春江店のオープン後に3代目社長に就任した敏史さんは、さらに2店舗をオープン。これまでの文具店と一線を画した店舗は県内でも大きな話題になり、年間来店者数は70万人を突破した。福井県の人口(約75万人)の9割以上にあたる数である。
経営者としてさらに高みへ「アトツギ甲子園」出場を決意
2022年12月、6店舗目となる「HORITA LIFE CANVAS」のオープンに向けて準備を進めていた敏史さんのもとに、人生を変える転機が訪れた。「アトツギ甲子園に出てみませんか?」
ホリタ文具のファンでもあり、「ふくい産業支援センター」でベンチャー支援担当を務める岡田留理さんからのオファーだった。これまで敏史さんの取り組みを間近で見てきた岡田さんからの話であれば、と二つ返事で出場を決めた。
「会社としても、経営者としても次のステージに進みたいという焦りが常にありました。岡田さんはいつも僕の変わるべきタイミングを見極めて声をかけてくださる方。アトツギ甲子園の出場資格は39歳までということもあり、来年40歳を迎える自分にとってラストチャンスだと思いました」
日中は新店舗の準備を進め、深夜に「アトツギ甲子園」のことを考え続ける多忙な日々。岡田さんとともにプレゼン資料やピッチのブラッシュアップを重ね、ファイナリストへ駒を進めた。敏史さんは最終審査会のギリギリまで、「ホリタの目指す文具の本質的な価値は何か」を追求し続けたという。
「たとえばスターバックスは子どもより大人の方が喜ぶし、公園は子どもの方が喜ぶ。ディズニーランドは大人も子どももワクワクするけど、ここから気軽に行ける距離ではないですよね。でもホリタは、大人も子どももワクワクする文具を扱っているし、身近にある。すべてを兼ね備えているんじゃないかと思ったんです。
ホリタ独自の価値を『マイクロファミリーエンターテイメント』と名付け、プレゼンの4分間ありったけの熱意を込めて伝えました」
決勝大会でトリを飾った敏史さん。大きな舞台に緊張し、声が震えたという(画像提供:株式会社ホリタ)
株式会社ホリタは全国からエントリーした138名のアトツギの頂点として、最優秀賞「中小企業庁長官賞」を受賞。福井の「ホリタ」の名前を全国に轟かせた瞬間だった。
受賞後の反響は想像以上だった、と敏史さんはいう。
「すごい数の連絡がきました。最優秀賞はたしかに嬉しかったけど、それは一瞬のこと。夜、宿に戻った頃には『これからどうしよう』と理想と現実のギャップに押しつぶされそうになっていました」
プレゼンテーションで熱く語った内容と、今の姿は伴っているのだろうか。今後、ますます高まる周りの期待に応えられるのだろうか。優勝した者しかわからない独特の不安を味わった。
「現実を理想に近づけるための新たな旅がはじまったなと覚悟を決めました」と敏史さん
一方で、「アトツギ甲子園」に出場したからこそ得られたものもあった。
「これまで自分が考えてきたことが評価されたのは大きな自信につながりました。審査委員長を務めた株式会社スノーピークの山井太社長やメンターとしてサポートいただいた株式会社大都の山田岳人社長をはじめ、普段なかなか会えないような経営者の方との出会いも、かけがえのない財産です。人の輪や、そこから生まれる新たなビジネスの可能性など、挑戦したからこそ今まで見たことのない景色を見ることができました」
「自分らしさ」を取り入れることが家業承継の鍵
家業を継いで10年。退職者が後を絶たなかったり、資金繰りに苦労したりと決して順調な道ではなかったが、家業に入ってから長年言い続けてきた「文具の力で田舎の身近なディズニーランドを作る」という目標には着実に近づきつつある。「クルー」と呼ばれる60名の社員(パート・アルバイトも含む)は8割が女性。社内アンケートでは、なんとすべての社員が「ホリタで働けてよかった」と答えるほど、敏史さんの想いに共感しながらイキイキと働く好循環が生まれている。事業承継をするにあたって意識していたポイントは何だったのかたずねると、「自分らしさや個性を事業に活かすこと」だという敏史さん。
「うちは母が経営者、父は教員という家系。教育への関心が高いのも、自分の個性だと思っています。春江店で『ホリラボ』という子ども向けのワークショップを行ったり、頭や手を使う遊びを取り入れたりなど、店舗内に教育的な要素を加えたことも私らしさを活かした事業だと思っています」
「HORITA LIFE CANVAS」にある「カクボ」は鉛筆をつくる際に出る端材を使って、自由に造形できるクリエイティブなスペース
「また、『女性に囲まれた環境』も一つの個性だと感じています。母は3姉妹で、私には2人の姉がいて、娘が3人という女系家族。さらに職場も女性が多く、幹部ミーティングをしても、私以外全員女性っていうのは当たり前です(笑)。女性が輝けるような環境を提供することはもはや宿命なのだなと腹落ちしています」
これらの個性を活かしながら、今後進めていくのは「丁寧に伝えること」だと語る敏史さん。品揃えの多さだけでなく、意思を持って文具の良さを伝え、共感を生むようなオウンドメディアの立ち上げも予定しているという。
文具店からエンターテイメントカンパニーへ。敏史さんの挑戦はこれからも続く。
株式会社ホリタ
福井県福井市大願寺3-9-1
http://horita-bungu.jp/
ライター、カメラマン、編集:ココホレジャパン株式会社(https://kkhr.jp/)
制作日:2023年9月~11月 ※第4回「アトツギ甲子園」特集記事引用
関連記事
関連記事がありません開 催 | Organizer