車海老と観光で天草を盛り上げたい! 宿の運営という夢を近づけたアトツギ甲子園

車海老を提供する宿泊業へ一歩踏み出したアトツギ:有限会社幸福堂 山崎優美子 氏
父の情熱と養殖技術が生んだ活車海老

コバルトブルーの海が美しい天草は、九州本土から天草五橋と呼ばれる5つの橋で結ばれている(画像提供:有限会社幸福堂)
九州の西方、熊本県天草市。大小120余の島々が連なる諸島からなる天草は、複雑に入り組んだ湾の形状から多様な生物が育ち、海の恵みの宝庫として知られる地域。「宝の島」とも呼ばれている。
この豊かな島の下手にある天草下島で、全国でも稀少な車海老の陸上養殖を行っているのが、山崎優美子(やまさき・ゆみこ)さんファミリーが営む「有限会社 幸福堂」だ。

こだわりの養殖技術で育てられた車海老は、天然にない力強い肉質などプロの料理人から評価されている(画像提供:有限会社幸福堂)
車海老の養殖に着目したのは、優美子さんの父。「どこよりも美味しい車海老を育てたい」という思いから、通常の海上養殖でなく陸上に池を自作し養殖を始めたのが37年前のこと。プランクトンの増殖、水流をつくり車海老に適度な運動をさせる環境づくりなど、独自技術と研究を極めた努力が結実し、天然に劣らない身の締まった「アスリート車海老」の養殖に成功した。1992年に会社を設立し、創業32年。購入者のもとへ生きたまま届けられる幸福堂の車海老は、売り切れ必至の看板商品。また、特に育成が難しい夏には豊洲市場で、高値で取引されるブランドに育っている。

天草の中でも屈指の立地をいかし、池づくりからスタートした山崎さんの父・松中祐二さん(画像提供:有限会社幸福堂)
「幸福堂の車海老の美味しさをもっとたくさんの人に知ってほしい」
「車海老を看板商品として、天草地域を盛り上げたい」
そんな父親の夢と自身の夢を重ね、育ってきた長女の優美子さんは、2代目として幸福堂の未来を担う存在だ。2023年2月に出場した第3回「アトツギ甲子園」では、全国192名のエントリーの中から書類審査を通過し、西日本ブロックの地方大会に進出した。
夢を叶えるためにUターン

2代目として車海老せんべいの企画営業を担当する山崎優美子さん
「天草に人を呼んで地域を元気に」。その言葉を胸に秘め、「じゃあ、そういう人になるには?」と幼い頃から自問してきた優美子さん。いつしか家業を承継し、レストランや宿泊事業を展開する夢を抱いていった。
「いい旅館やホテルがあると聞けば、父に連れていってもらったり、海外旅行に行かせてもらったり、いろんな経験を通じて『家業として宿泊業ができたら素敵だな』と思って生きてきたって感じです」
「生きてきた」。呟いたその言葉は、ごく自然な思いで後継ぎの道を歩んできた優美子さんの意志の表れだ。
立命館大学に進学し、サービスマネジメントを学んだ優美子さんは、沖縄のホテルや下呂温泉といった各地で宿泊業を経験し、ノウハウを積み重ねていった。その間、コンサルティング業に長けたパートナーと出会い、第一子の出産を機に、2018年にUターン。現役社長の父親のもと、現在、企画営業を担当している。
「アトツギ甲子園」に2度の挑戦!
コロナ禍にはクラウドファンディングに挑戦したり、両親の念願だった加工品の商品として「車海老せんべい」を開発するなど家業に没頭。そんなとき、たまたまFacebookを見て、「アトツギ甲子園」のことを知ったという。
慶事の品にと商品開発した「車海老せんべい」。間引いた小海老を原料に使用しロスをなくしたアイディア品
「『こんなイベントがあるんだ』と興味を持って、第2回のときに初めて応募しました。新しいもの好きだし、39歳までという年齢制限もあったので、30代の今、応募だけでもしてみようかなって。その時は一次審査の書類選考は通過しましたが、決勝大会には進めませんでした」
1年が経ち、「第3回アトツギ甲子園」の案内が再び届いたとき、「再挑戦してみよう」と、心が動いた。

2021年、2022年と連続で「アトツギ甲子園」に挑戦
「第3回アトツギ甲子園では、オンライン説明会で先輩出場者の話が聞けたんです。ファイナリストの中の女性が『出場してから事業の幅が広がった。行政の上層部へ訪問する機会も生まれた』という話をされたんですね。販路の拡大やメディアへの露出が足りないことが、うちの会社の課題だと感じていたんです。いくら良いものを作っていても、たくさんの人に知ってもらわないと意味がない。だったら、私が外に出て働きかけよう。アトツギ甲子園は、とてもいい機会だと思いました」
予選突破に向けてつくった肩慣らしの場
応募書類をつくる段階で、審査を通過し本戦へ進むためのアピールポイントを練っていった優美子さん。「幸福堂」が宿を経営するならー。描く夢は大きく、自分自身をわくわくさせるものだった。「1棟貸しの海辺の宿で、車海老を素材に使った食事が選べるんです。お客様がお寿司をリクエストすれば板前を、イタリアンならイタリアンのシェフというように、好みのシェフを呼べるスタイルにして。グループでバーベキューができたり、いろんな食べ方、使い方ができる宿、言うならば別荘とオーベルジュのいいとこ取りをした場所を提供するようなイメージです」
ビジョンとともに、実現可能なプランかどうかを重視し、具体的な収支も算出。
「プランを作りはじめた時点では、『資金が調達できるか』という難題と、この地域ならではの特殊な課題として『水道の問題』がありました。私たちが宿を作りたい場所は海が見渡せてロケーションのとてもいい場所なんですが、市の水道が通っていない地域なんです。でも、行政で水道を通す計画はあるようでしたので、もしもアトツギ甲子園でいい結果を出せれば、行政や金融機関からも協力を得られる可能性が生まれるんじゃないかと思ったんです」
「アトツギ甲子園」のサポートのひとつとして、先輩経営者である書類審査委員からメールでアドバイスを受けることができる。決してアクセスが良いとは言えない天草にわざわざ行きたくなるようなブランディングの必要性や、優美子さんのキャリアであるツーリズムと家業の車海老を掛け合わせるとより良くなるなどのアドバイスをもらったという。
アドバイスを糧に自分と向き合い続け、書類をブラッシュアップ。最終的には「コンセプトもおもしろく、基本的なビジネスプランはいいですね、と肯定していただいて、書類審査を通過することができました」と振り返る。当初はハードルが高いと感じていた宿泊業の運営が、「アトツギ甲子園」の書類作成を通して実現の可能性が高まっていった。
「今回はいけた!」と地方大会への切符を掴んだ喜びとともに、出場前には、天草の観光に携わる関係者の前で発表の機会を得て、本番前の肩慣らしもできた。
「市の取り組みで『ノサリバ』という勉強会が行われていて、関わられていたのが天草市と包括協定を締結された日本総研と武蔵野美術大学の方だったんです。高校の先輩ということもあって親しくさせていただいていたので、「アトツギ甲子園」の1次選考に提出した書類を利用して、練習の場を設けていただいたんですが、いろんな意見をいただきました。
たとえば『もっと幅広い視点で天草地域の経済や観光を推進してほしい』とか、『インバウンドといったきらびやかな呼び込みでなく、素朴に今の天草を見てもらわないと』など。ご意見を参考にしながら、ブラッシュアップしていきました」
いざ!「ハイヤ踊り」で地方大会へ
いよいよ地方大会の日。西日本ブロックの地方大会は、福岡で行われた。「審査員は3名、来場者は200人ぐらいだったでしょうか。父や市の主催で事業承継者や若手経営者の人材育成を目的にした『あまくさ未来創造スクール』の担当の方も応援に来てくれました。15人の出場者のうち、私の順番は真ん中ぐらいで、出番までどう喋ろうか頭の中でシミュレーションしていました」
そして、本番。マウンドへ出た優美子さんの勝負スタイルは、えびせんの販売時に着る作務衣姿。宿のイメージにもつながる格好で、天草牛深地域伝統のハイヤ踊りを披露しながら、審査員や来場者へ向けて、つかみのアピール。4分間のピッチでは「笑顔で、自分自身が楽しむこと」を心がけた。

「車海老も銀座で食べれば1尾3,000円ぐらいするようなものを、天草で20、30尾と食べたくありませんか?」
事業の付加価値をアピールするため、合間に会場を沸かせるフレーズも変化球的に挟みながら、持ち前の明るさと落ち着きでムードを朗らかに一変。
「ピッチでは前方にあるプレゼンの資料を見ながら話せるんです。私の場合は、プロット通り完璧に話すことを目指すより、 余白を残して自分の中から湧き出る気持ちを言葉にしてぶつけていきました。独自の技術で養殖した車海老の池が見学できること、生産者の話を聞きながら自慢の車海老をお腹いっぱい食べていただく宿にしたい、というのが最大のポイントと分かるように心がけました」
ピッチで見つめ直せた自分の気持ち
終了後、審査員からの評価はさまざまだった。「そういう宿なら僕は行きたいな」「すでにやってるわけじゃないんだよね?」など好感触の言葉には、実現可能と捉えてもらえた嬉しさがこみ上げた。反面、鋭い指摘もあった。「『生産現場に一般の人が来やすい環境を作ってしまうということは、もしかすると商品に何かしら影響を及ぼすかもしれないね』と。生産への影響は私自身も少し気になる点ではあったので、改めて見直す機会になりました。
プレゼン終了後の控室でも『天草に車海老やフグに特化した宿があって、そこを船で回れるようなツアーができたら最高だよね』というアイディアをいただいたり、父にも『幸福堂の車海老を食べてみたくなった』というような声がかかって、私と父にとって、いい経験になりました」
第3回「アトツギ甲子園」の地方大会は突破できず、決勝大会進出の切符は惜しくも逃したものの、マウンドに立った経験から見えてきたものがあったという。
「他の出場者の方々は、事業が大きくなると日本だけでなく世界も救うようなレベルのものが多かったので、 それに比べると私がやりたいものはスケールが小さいかもしれません。でも、『家業を通して、自分のやりたいことをかたちにできる』、中小企業の後継ぎにはそういう良さがあるんだって思いを強くしたんです」
気づいたのは、ピッチに立つことは他者との競争じゃなく、自分との勝負であり、俯瞰して自分を見つめ直せる機会だった、ということ。

「自分の気持ち1つで仕事は楽しくなる。夢は大きく持ってほしい」と後継ぎたちを笑顔で応援する
「私自身、父の夢を自分らしく継ぐ気持ちでこれまでやってきましたが、それを辛いと思ったことはありません。選べる道ってただ広いだけだと、迷うじゃないですか。ある程度、方向が示されていたことが私にとってはプラスで、そこに向かって生きてこれた。ですから、家業を誇らしいと思う人がいっぱいいたらいいなと思いますし、そういう後継ぎたちにもっと出会いたいです!」
市長への報告で夢が前進、宿泊施設の運営へ
「アトツギ甲子園」出場後、優美子さんのことを知った国会議員が視察に訪れたり、地元のラジオに出演したことで売上が増えたりするなど反響を感じる出来事もあったという。「議員の方は一度お会いしたことがあったんですけど、『やっぱりこの車海老は美味しいね』と言っていただいて。記憶に残る味になってるんだって、背中を押される感じでした。
他にも、贈答用車海老せんべいの事業としては取引先も増え、収益も上がってきていて、ECサイトに載せたいというお声をいただいたり。質のいいものをしっかりつくってきたという自負はありますが、出場したことで、皆さんに見つけてもらいやすい会社になってきてるのかなと思います」
さらに、宿泊業の運営という夢に近づく大きな展開も待ち受けていた。
応援に駆けつけた市職員の勧めで、市長に「アトツギ甲子園」出場の話を報告。それがきっかけになって、この8月から、天草市の第三セクターで道の駅海彩館などを運営する「株式会社うしぶか」の取締役に就任し、宿泊施設「やすらぎ荘」の運営に携わることになったのだ。主に優美子さんは、メニューの改善、販促としてのインターネットの活用を担い、役員・スタッフ一同で地域を盛り上げていくことが役割だ。

レストラン・温泉・宿泊設備が整った「やすらぎ荘」の運営に携わることになった優美子さん。車海老のイベント企画などを打ち出していく予定
「やすらぎ荘の運営については、取締役の一人として、これまで築かれてきた宿のブランドをより良くしていく役目で関わっていくことになります。新代表の三瀬社長とともに、観光で天草に人を呼べるような、地域にとって役に立つ人になりたいという思いを込めて、今持っている自分の能力を最大限使いたいと思っています」
やりたいことを全力で猛アピールできる「アトツギ甲子園」。声に出して伝えたことで、ぼんやりしていた夢の輪郭がくっきり色づいてきた。
「これまで、宿をやりたいという思いがあっても何億円もかかるという話だから、堂々と口にしにくくて。でも、アトツギ甲子園の場をお借りして堂々と発表してみると、次のアクションにつながるチャンスを掴めました。
アトツギ甲子園で発表した『幸福堂の宿プロジェクト』はまだ課題をクリアできずにいますが、これからやすらぎ荘の運営を通して得られる経験を糧にして、近い未来、幸福堂のカラーを前面に出した宿をつくりたいという思いは変わりません」
優美子さんの夢はここからまた、続いていく。
有限会社 幸福堂
熊本県天草市河浦町宮野河内234
ホームページ:https://www.koufukudo.co.jp
ライター、カメラマン、編集:ココホレジャパン株式会社(https://kkhr.jp/)
制作日:2023年9月~11月 ※第4回「アトツギ甲子園」特集記事引用
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