産地ブランドで価値が決まる食肉市場に「最高のお肉体験」で挑む。アトツギが創る業界の未来
<この連載は…>
先代の経営資源を引き継ぎ、新たに独自の事業を立ち上げようと奮闘する後継者たちのアトツギ・ストーリー。「アトツギ甲子園」過去大会ファイナリストたちの出場後について聞いてみました。
消費者は「産地ブランド」と「脂の多さ」の2軸でしか肉を選べない
私たちの生活に欠かせない食品のひとつ「お肉」。スーパーに並んでいる生肉、レストランの肉料理、ギフト用の肉製品など、目にする機会こそ多いが、消費者が肉を選ぶ基準は「産地ブランド」と「脂の多さ」の2軸と意外と少ない。「MARBLANC」は食肉業界の常識を変えたいという佐藤さんの想いから生まれた
この2つの評価軸が当たり前とされている食肉業界に疑問を抱き「肉のおいしさ」と「ユーザー体験」という新たな価値の創造に挑む食肉卸売会社のアトツギがいる。
大阪府北区で、熟成和牛ギフト「MARBLANC(マーブラン)」のオンライン販売事業を行う「株式会社MARBLANC」代表取締役・佐藤 辰哉(さとう・たつや)さんだ。
「食肉業界の厳しさを知っていたからこそ『家業だけは絶対に継ぎたくない』と思っていました」
そう語る彼は、バックパックひとつで世界一周、会社員として働きながら起業を試みるなど、さまざまな挑戦をしてきた。そんな佐藤さんが食肉業界の常識に疑問を抱き、株式会社MARBLANCを立ち上げるまで、どのようなことがあったのだろうか。これは30年後の食肉業界を創るアトツギの物語だ。
アトツギという立場、それこそが自分の強みだと気がついた
大学を卒業後、建設業界でキャリアを積んできた佐藤さん。当時、家業を継ぐ気はなく、会社員として働いているうちに「起業したい」との想いが芽生えてきたという。「建築系のコンサルティング会社で働きながら、さまざまな事業のアイデアを金融機関に持ち込み資金調達を試みていましたが、思うように進みませんでした。融資を断られるとき、担当者からは決まって『ほかの起業家にはない“食肉卸会社のアトツギ”という強みを活かすべきだ』と言われていたんです」
新規参入が難しい食肉業界。家業を活かした起業はアトツギならではの強みだ
「家業の食肉業界であれば環境は整っている。家業を活かした事業が何かできないだろうか」
次第にそう考えるようになった佐藤さん。新型コロナウイルスの流行をきっかけに食肉業界に足を踏み入れた。レストランや学校給食用の食肉卸売を主力としていた家業は、コロナ禍で売上が大きく減少していたのだ。
「父が経営する食肉卸売会社は売上が半減し、危機的な状況でした。新型コロナウイルスの流行で外出が難しくなり、消費者へ直接商品を届ける販路が必要だったんです。そんなときに父と家業について話す機会があり、食肉のオンライン販売事業を提案したのが『MARBLANC』を始めるきっかけになりました」
「産地」で価値が決まる食肉業界に「最高のお肉体験」で挑む
父親に「おお、ほなやってみるか」と、二つ返事でオンライン販売事業に充てられる予算の全権限を任された佐藤さん。すぐに会社を辞め食肉業界へ飛び込み、内情を知るうちに業界全体が抱えている課題に気がついた。「家業で扱う肉は、産地を問わずどれもおいしい。しかし知名度の低い産地の肉は、有名産地の肉と比べて取引価格が1/3程度まで下がってしまう」
産地の違いだけで取引価格に3倍もの差があると、有名産地以外の生産者は資金繰りが厳しい。実際に食用牛の生産農家は年々減っており、80%以上が資金繰りの困難を理由に廃業に追い込まれているとも言われている。
「このままでは食肉業界の存続自体が危ない。同等の品質の肉でも片方は高く、片方は安く取引されている状況は、生産者にとっても消費者にとってもデメリットしかありません」
良質な食肉が適正価格で取引されない現状を変えたい。そう語る佐藤さんの目は真剣だ
「消費者は『産地ブランド』と『脂の多さ』でしか肉を選べない。その業界の常識が、これほどの価格差が生じる原因なのではないだろうか。不公平な価格設定を見直し、有名産地のブランドや脂の量に依存しない新たな価値基準を提案したい。そんな想いで生まれたのが『MARBLANC』です」
佐藤さんの考案した「MARBLANC」は、ギフト用の熟成和牛ブランドだ。家業で培った仕入れルートを活かして厳選した高品質な肉を独自の技法で熟成させ、旨み成分を従来の4倍に。生肉ギフトにおける課題であった消費期限の短さも、独自の梱包技術によって最大20日間まで延長することに成功したという。
独自の熟成技法は門外不出。その独自性を守るために特許申請を断念した
「ギフトを贈る人は『センスが良いもの』を贈りたいと思っています。だからこそ、『MARBLANC』では『肉のおいしさ』だけでなく、ギフトを受け取ってから食べるまでの『ユーザー体験』を大切にしているんです」
「MARBLANC」の特徴は、SNSにアップしたくなるようなデザイン性の高いパッケージと、シェフ監修のソースの提案やステーキの焼き方レシピの同梱だ。実際にこの試みは高い評価を得ており、試験的に行った予約販売で購入したユーザーからは多数のSNS投稿がされている。
「おいしい肉」と「ユーザー体験」を組み合わせた「最高のお肉体験」こそ、「MARBLANC」の提供する価値なのだ。
パッケージデザインはアジアの優れたパッケージデザインに贈られる「TOPAWARD ASIA(トップアワードアジア)」のTOP SCOREを受賞した
「食肉業界の常識を変えたい」と株式会社MARBLANCの設立に向け、動き始めた佐藤さん。資金調達のため金融機関とやりとりしているなかで、出場を勧められたのが「アトツギ甲子園」だった。
メンターとの壁打ちで強くなった「食肉業界を変えたい」想い
「当時、資金調達が完了したタイミングだったので、ピッチ大会といえば『資金調達の場』という認識が強く、わざわざ出場するメリットを感じていませんでした」金融機関に勧められても「アトツギ甲子園」への出場を断り続けていた佐藤さん。そんな彼が出場するきっかけとなったのが、一般社団法人ベンチャー型事業承継・大上さんからのアドバイスだ。
「一般社団法人ベンチャー型事業承継としてこれまで多くのアトツギたちを支援し、過去大会に出場したアトツギたちが感じるメリットを知る大上さんに『資金調達に関わらず、”アトツギ甲子園”の出場は佐藤さんがやりたい事業の役に立つ』と言われ、参加を決めました」
佐藤さんは「アトツギ甲子園」のピッチ練習を通じて、事業の「社会性」を見つめ直す機会を得られたと振り返る。
「金融機関との打ち合わせでは主に『収益性』を重視した話をしますが、『アトツギ甲子園』のピッチでは『社会性』も評価基準に含まれます。『事業を通じて、どのような価値を社会に提供できるのか』『なぜ自分がこの事業をやるのか』をアトツギのメンターに何度も壁打ちしてもらい、自分の事業が持つ社会性への解像度が高くなっていくのを感じました」
第4回「アトツギ甲子園」決勝大会でのピッチ。「MARBLANC」を通じて社会に何ができるのか。メンターとの壁打ちを通じて「自分が食肉業界を変える」という信念が強まっていった
「アトツギ甲子園」の特徴のひとつは、「メンター制度」だ。地方予選大会・決勝大会出場者には、それぞれ大会前にメンターとのメンタリングの機会がある。佐藤さんには金物工具商社を継ぎ、EC事業を展開した株式会社大都・3代目代表の山田岳人さんと、建設設備業を営む家業からスピンアウトし建設業向けツールの開発事業を立ち上げた株式会社クアンド・代表取締役CEOの下岡純一郎さんの2名がメンターとしてピッチに向けたブラッシュアップを行った。
「家業を継いで事業を広げた山田さんと、家業と関連のある新規事業を立ち上げた下岡さん、同じアトツギでも背景が異なるお二人だったので、ときに対照的な視点からのご意見をいただくこともありましたが、だからこそ、あらゆる角度から事業を捉えられ、立場や状況、自身のやりたい事をより最適化して再確認できピッチの内容をより深めることができました」
こうして迎えた第4回「アトツギ甲子園」決勝大会で、佐藤さんは優秀賞を受賞。その反響は大きかったという。
生産から販売にまで変革を。30年後の食肉業界を創る
「『アトツギ甲子園』で優秀賞を受賞したことで、金融機関からの評価が大きく上がりました。広報誌にも掲載していただき、メディア露出も増えましたね。何よりも、第三者から評価を受けたことで、父にも『息子の事業は評価されているんだ』と安心感を与えられたのが私にとって大きな価値でした」2024年3月8日に開催された第4回「アトツギ甲子園」決勝大会と同月、2024年3月27日に「MARBLANC」は公式オンラインショップをオープンした。その後も事業を順調に展開している。
「当初の計画通り、月次売上は130~140%の成長率を維持しています。顧客のリピート率も3ヶ月以内で28%と高評価を得ており、新たな肉ブランドとして確実に浸透してきているのを感じます。
公式オンラインショップ以外にも、カタログギフトサイトや百貨店での取り扱いの話も進んでいて、法人との取引も増える見込みです」
販路を広げている「MARBLANC」。公式オンラインショップ以外で目にする日も近い
「アトツギ甲子園」の決勝大会でも「ただ肉を売るのが上手なお肉屋さんになるつもりはない」と語った佐藤さん。彼が目指しているのは、日本の食肉業界の構造を根本から変え、持続可能な業界にすることだ。そのための新たな取り組みも進んでいるという。
「最終的には食用肉の生産段階にも携わりたいと考えており、今は飼料会社との協業の話が進んでいます。食肉業界の持続可能性を高めるためには、生産段階での透明性やブランディングが必要不可欠です。
10年ほどで家業の食肉卸売会社も引き継ぐ予定なので、生産・流通にも参入し業界全体を変えていきたいと考えています」
株式会社MARBLANCの売上を、家業の100倍規模まで成長させたいと語る佐藤さん
佐藤さんは「30年後の食肉業界を創る」という大きな目標を掲げた。そのビジョンに向けて、着実に歩みを進めている。
「『アトツギ甲子園』に出場して『業界を変える』宣言をしたことで、たくさんの方々から応援していただけるようになりました。もともと着手していた事業ではありましたが、自分の中で『必ず成し遂げる』スイッチが入った感覚があります。
アトツギは自分の事業を知ってもらう努力をするべきです。知れば応援してくれる人はいる。『アトツギ甲子園』で勝ち進めるかは実力次第ですが、参加するだけでも確実に自分の糧となります」
「出場を拒み続けた私が言うのもおかしいですが」そう言って笑う佐藤さんは、食肉業界の未来を見つめている。
アトツギだからこそできる、既存の枠組みにとらわれない柔軟な発想と、先代から受け継いだ業界知識や人脈を融合させた新しい事業。それは、日本の伝統産業に新たな可能性をもたらす、ひとつの希望の光となるかもしれない。
継ぐつもりがなかった家業を活かし、業界の常識を変える佐藤さんの挑戦は、まだ始まったばかりだ。アトツギとして家業と向き合い、新たな価値を創造していく彼の姿は、多くのアトツギたちにとって大きな励みとなるに違いない。
事業者名:株式会社MARBLANC(大阪府大阪市)
代表者名:佐藤 辰哉
ホームページ:https://marblanc.jp/
SNSリンク:https://www.instagram.com/marblanc.official/
<ピッチ動画リンク>
第4回「アトツギ甲子園」決勝大会 佐藤 辰哉氏のピッチ動画はこちら
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