あんことチョコレートで生み出す新しいお菓子。 誰にも真似できない商品で伝統産業を受け継いでいく

世界にあんこの市場をつくり、伝統産業を未来に残すアトツギ:株式会社壺屋総本店 村本 賢亮 氏
<この連載は…>
先代の経営資源を引き継ぎ、新たに独自の事業を立ち上げようと奮闘する後継者たちのアトツギ・ストーリー。「アトツギ甲子園」過去大会ファイナリストたちの出場後について聞いてみました。
IT企業勤務とベルギー修行を経て、家業にジョイン
1929年、北海道旭川市にて創業した老舗菓子店「壺屋総本店」。創業5周年から販売している「壺もなか」をはじめ、お土産菓子「き花」、チョコレート、焼きたてアップルパイなど幅広いお菓子を製造・販売している。そんな壺屋総本店のアトツギが、村本 賢亮(むらもと・けんすけ)さんだ。長年の人気を誇る看板商品「壺もなか」
「僕はもともと家業を継ぐことを考えていませんでした。
だから高校卒業後は東京の大学に進学して、IT企業に就職したんです。転機は入社したばかりの頃、祖父の葬儀のために旭川に帰省した時でした。ふと、祖父が『いつか賢亮と一緒に仕事をしたい』と言ってくれていたことを思い出し、葬儀に集まった家業の従業員や祖父がお世話になった方々と話すうちに『多くの人に愛され、尊敬されている祖父や家業に貢献したい』と強く思うようになり、壺屋総本店に入ることを決めました」
村本さんの人生を変えるきっかけとなった祖父との写真
しかし、当時の村本さんは新卒1年目。社会人経験がほとんどない状態だった。
「まだ研修期間で何もスキルが身についていない状態だったので、『社内MVPを受賞できたら辞めて家業に入ろう』と決めたんです。」
そして翌年、村本さんは家業への思いを初めて家族に打ち明けた。
「父から、僕が家業に入るプランを提案されました。『賢亮は製造が向いていると思うから、ヨーロッパに行ってお菓子を学ぶのはどうか』と」
その後村本さんはIT企業を退職し、ベルギーへ修行の旅に出る。帰国後はベルギーで出会ったフランス人デザイナーのデボラ・マリノさんと結婚。マリノさんと一緒に北海道の最高の食材を使ったデザイナーズチョコレートブランド『RAMS CHOCOLATE(ラムズ チョコレート)』を立ち上げた。
RAMS CHOCOLATE(ラムズ チョコレート)の商品
チョコレートを掛け合わせることであんこを世界へ
村本さんは2024年に開催された第4回「アトツギ甲子園」地方大会(北海道・東北ブロック)に出場し、決勝大会まで進出、オーディエンス賞を受賞した。「アトツギ甲子園」の存在は知人から教えてもらい、すぐに出場を決めたそう。
「大阪で開催されたチョコレートイベントに出店した際に知り合ったアトツギの方が『関西のアトツギ界隈ではアトツギ甲子園というのが盛り上がっていて、村本君絶対出たら良いと思うよ!』と勧めてくれて。第3回アトツギ甲子園決勝大会のyoutube動画を見てみたら、『楽しそう!自分の力を試してみたい!』と思い、すぐにエントリーをしました」
ピッチ中の村本さん。あんこのポテンシャルと海外展開への可能性を熱く語る
村本さんが第4回「アトツギ甲子園」でプレゼンしたのは、壼屋総本店のあんこと、村本さんが生み出したチョコレートを組み合わせた商品をアメリカで販売するというプラン。
プロダクトイメージには「壺最中チョコ」や「どら焼きフォンダンショコラ」が掲げられていた。
「アトツギ甲子園エントリー直後に、自社の強みや弱みを洗い出す社内研修を実施した結果、『壺屋総本店の強みであるあんこの魅力をまだ世の中に伝えきれてない』という結論に至りました。
国内の和菓子市場はどんどん減少しているのが現状です。そこで、あんこの海外展開の可能性を思いつきました。あんこには、食物繊維やポリフェノールが多く含まれているので、健康面からのアプローチができるんじゃないかと」
他社が真似できない、自分ならではの商品を模索
2024年秋、村本さんはアメリカのお菓子事情をリサーチするため渡来、約2週間滞在した。待っていたのは、あんこにまつわる意外な事実と新しい発見だった。
「アメリカでまず驚いたのは、あんこが普通に手に入ること。ロサンゼルスなどの都市部と、日本人・韓国人が多い地域では、たい焼きやどら焼きも身近に売っているんです。味も日本のものと大差ない。きっと現地の人々が僕らの和菓子を食べても、味の違いがわからないだろうと思っていた僕の予想とは大きく異なる状況で、こんなにあんこの味が受け入れられているのであれば、海外進出してもきっと売れるだろうと確信しました。」ポートランドで活動する日本人パティシエ、Mio’s Delectables 浅香 未央さん(中央)とスタッフさん(右)。
取材当時は円安の影響もあり、多くの菓子メーカーがアメリカに商品を輸出していた。ただし、その商品の大半は長く日持ちするものばかり。村本さんはそこに目をつけた。
「お菓子の海外展開は、日系スーパーに商品を並べることが参入への第一歩とされています。現地のバイヤーは日持ちする商品を欲しがりますが、そこはすでにレッドオーシャン。
ただ日本のお菓子をアメリカで販売するだけでは意味がなく、現地の、特に感度が高い消費者に刺さる商品を提供する必要があります。本物のあんこは『日持ちしない』。これが高付加価値につながるのではと考えました」
そして、長く愛される商品にするためには、壺屋総本店だからこそ作れるお菓子を生み出すことが不可欠だ。
「アメリカでタコスを食べていた時に、現地の方と『あんこを入れたスイーツタコスを作れば流行るのではないか』と話しました。トッピングに餅や抹茶などを使用することで、日本とメキシカンのフュージョン料理を演出できるし、写真映えもする。でも、それだけではすぐ他の人に真似されてしまうんです。だからこそ、ただ流行らせるのではなく、誰にも真似できないものを作らないといけません」試作品の作成中。最高のお菓子を届けるために日々奮闘している。
そこで現在開発中なのが、『日本を旅する』和菓子だ。
ボンボンショコラをミックスさせて海外の人でも馴染みやすい味に仕立てたあんこに、高知県の柚子や静岡県の抹茶といった日本各地の特産品と組み合わせることで、日本中を旅している気分を味わえる。さらにグルテンフリーやプラントベースフード、ビーガン対応にすることで、幅広い人に楽しんでもらえるそう。
「アトツギ甲子園」で得たもの
村本さんに「アトツギ甲子園」で印象的だったことを伺うと、「人との出会い」という回答が返ってきた。
「アトツギ甲子園では、プレゼン資料を作る際に壁打ちをしてくれたメンターの方や、地方大会・決勝大会で戦ったアトツギの方々、運営の方など本当にたくさんの人と関わる機会がありました。自分が実現したいことと多くの人の意見を踏まえてプレゼン資料を試行錯誤し作成できたことは、大きな意味があったと思います」
「アトツギ甲子園」出場後は、社内であんこの魅力を国内に発信するプロジェクトが立ち上がったり、アメリカにいる人を紹介してもらえたりと、社内外でもさまざまな動きがあったそう。
また、村本さんは「アトツギ甲子園」同事業内で2024年9月に2日間に渡って開催された後継者・支援者向けオンラインコミュニティACT*のキックオフイベント『アトツギSUMMER CAMP』にも参加している。
*ACT(Atotsugi Community Trigger)
中小企業の後継者、後継予定者、「アトツギ支援」に関心をもつ自治体、金融機関、支援機関等が参加可能なコミュニティ。
「アトツギSUMMER CAMPに参加して良かった点は、熱量が高い先輩経営者たちと話せたこと。それぞれが熱い想いを持っているからこそ、恥ずかしい部分も隠さずにぶつかり合えるんですよね。特に決勝大会ファイナリストのメンバーは、アトツギ甲子園の大会のときよりも熱量の質と持続力が高まっていて、レベルアップしていると感じます。彼らには負けられないなと思いましたし、切磋琢磨できる人たちに出会えてよかった。」
『後継ぎだから』という考えを捨て、新たな道を切り拓く
村本さんは、後継者として苦労していることは「ない」と語る。もちろん大変な思いをしたことはあっただろう。だが、実現したいことに向かって真っ直ぐ突き進む村本さんには、課題や壁を苦労と感じさせないエネルギーがある。
壺屋総本店創業時の写真。
「家業に入った当初は『先代が築いてきたものを守らなきゃいけない』『社長の息子だから立派にならなきゃいけない』と思っていました。
でも、先代たちも自分たちがやりたいことをがむしゃらにやってきたからこそ、道を切り拓いてこれたのだと気づいたんです。家業を受け継いでいくことだけを考えていくと熱量も薄れていくし、守りの姿勢になってしまいます。自分がやりたいことのために家業を活用するくらいのマインドで頑張るのが、僕にはしっくりくるな、と。いい意味で『後継ぎだから』という考えを捨てました」
そう考えるようになったのは、ある出来事がきっかけだった。
「チョコレートブランド立ち上げ直後、社内チェックで商品に問題が生じてしまったことがあったんです。当時は絶望していたのですが、それと同時に気持ちがリセットされて。再スタートする頃には、事業を成功させることしか頭になかったですし、『これを失ったらすべてが終わる』と背水の陣で臨むことができました」
妻でありビジネスパートナーでもあるデボラ・マリノさん。どんな苦悩も一緒に乗り越えてきた。
村本さんの今後の展望は、もちろん世界進出。「アトツギ甲子園」を経て、事業戦略の考え方にも変化があったようだ。
「これまでは自分で営業も製造も発信もする個人プレイヤーのような働き方をしていたのですが、今はチームでの動き方や経営者視点で物事を考えるようになりました。引き続き、アメリカに展開するお菓子の開発も進めていきますが、北海道でできることもまだまだあると考えていて。北海道で培った力が世界でも活きると思うので、会社全体のリソースを使った戦い方を模索しています」
最後に、「アトツギ甲子園」出場者や出場を検討している人に向けてメッセージをもらった。
「まずは、自分のやりたいことや実現したい目標を掲げることが大事だと思います。今、僕は『北海道を世界に広げる』をミッションに掲げていますが、これは僕の経験や壺屋総本店があるからこそ。僕しか掲げられないミッションだと思っています。みなさんも自分自身が高い熱量を持って取り組めるミッションを掲げることで、見えてくるものがあると信じてチャレンジして欲しいです」
長年受け継がれてきた壺屋総本店のあんこと、独自に習得したチョコレート技術で、新しい道を切り拓いている村本さん。旭川の地からアメリカへ、どんなお菓子が展開されるのか、胸躍らせながら待ちたい。
事業者名:株式会社壺屋総本店(北海道)
代表者:村本 暁宣
ホームページ:https://tsuboya.net/
https://tsuboya.net/pages/rams_feature
SNSリンク:https://www.instagram.com/rams_chocolate/profilecard/?igsh=OGt0czhtczYyZ2Jh
<ピッチ動画リンク>
第4回「アトツギ甲子園」決勝大会 村本 賢亮氏のピッチ動画はこちら
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