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ユーザーの思いを和装バッグというカタチに。斜陽産業を構造から変えていく

ユーザーの思いを和装バッグというカタチに。斜陽産業を構造から変えていく

和装小物業界を変革していくアトツギ:株式会社巽creatif(タツミクレアティフ) 高栁 実 氏

タンスに眠る着物や帯をアップサイクル

大阪府の東南部に位置する大阪市生野区巽地区。製造業の立地件数が多く、市内でも有数の「ものづくりのまち」である。和装バッグの製造・受託加工を行っている株式会社巽creatif (タツミクレアティフ)も、この地で約40年前からものづくりを行っている製造業者のひとつだ。


巽creatif の工場の様子

巽creatif は、これまで個人事業として下請け製造しか行っていなかった。しかし2016年に法人化し、2022年には新ブランド「tatsumi」を立ち上げ、オンラインセミオーダーサービスを展開。タンスに眠っている想い出の着物や帯を、成人式や七五三、ドレス用にアップサイクルし、バッグや草履として生まれ変わらせている。


着物や帯をアップサイクルして作った和装バッグ

新ブランドの発起人は巽creatifの2代目である高栁実(たかやなぎ・みのる)さんだ。父の後継ぎとして2010年に家業へ戻った。


巽creatif の2代目・高栁実さん

「いま振り返れば、こんなに遠回りしなくてもよかったなと思います」

新ブランドを立ち上げるまで苦節12年。これまでどのような紆余曲折を経て、どのような苦労があったのだろう。

「いつかは経営者に」という思いから家業へ

実さんはもともと「いつかは経営者になりたい」という漠然とした思いがあり、ベンチャー企業で経営幹部を目指し奮闘していた。その背景には小さい頃から見てきた父に対する憧れの気持ちがあったのだという。

「父が耳に鉛筆を挟んで、着物や帯の生地を裁断している姿を見てきて、ぼんやりとですが『自分で事業をやりたい』と思っていました。ただ和装業界に興味があったわけではなかったので、家業を継ごうとは考えていませんでした」


前職では副店長や補佐など、2番手になることが多かったと語る実さん。

しかし、なかなか経営幹部になることはできず「家業に戻ったほうがいいんじゃないか」という思いが実さんに芽生える。

「家業は父と専属の職人さんの2人で創業して、共同経営をしていたんです。ただ、その職人さんが病気で亡くなられて。それが自分が家業に入ろうかなと思ったタイミングと重なったので、僕から父に『家業に入りたい』と告げました」

しかし、父からは「辞めておいたほうがいい」と言われたという。
和装小物業界は売上げが下がり続けている斜陽産業と言われており、先行きは暗い。それでも実さんの決意は揺らがなかった。

「父からの反対意見は聞き入れませんでした。広告代理店や外食産業で培ったノウハウを家業に活かせば、なんとかなるんじゃないかという自信もありましたね。それに、これまで経営者に憧れていたものの2番手になることが多かったので、自分の実力を試してみたかったんです」

和装小物業界が抱える2つの課題

半年ほど家業に入って働いていた中で、実さんは業界が抱える大きな2つの課題に気づいた。ひとつは「職人の後継者不足」、もうひとつは「ユーザーの声がメーカーに届いていないこと」だった。

2つの課題の根本原因は、流通経路の長さという和装小物業界の構造にある。ファブレスメーカー(自社工場を持たない製造業)、問屋、小売店、下請け業者など、職人とユーザーの間にはさまざまな業者が存在する。そのため、職人の収益性は低い。

「職人のほとんどは個人事業主です。下請け業者も収益性が低いので、正社員として雇用できないんですね。僕が知っている個人事業主の職人のご夫婦は2人で月収25万円にも届いていません。そんな現状を知ったら、後継者になろうという若者が少ないのも納得できますよね」


加工をしているのは、和装バッグの持ち手となる部品

また、中間業者が多いことで、お客さんのニーズが「伝言ゲームのようになっている」と実さんは教えてくれた。

「あるとき、百貨店の売り場を回って販売員さんに『どんなバッグが求められていますか?』と聞いたことがあって。『いまは長財布が入るような大きいバッグが求められていますよ』と教えてもらったんです。

でも、弊社の取引先担当者からは『丸くて、小さい、可愛らしいものじゃないと売れないよ』と言われました。彼らが聞いているのは、ひとつの得意先の声であって、職人にはユーザーの本当の声が届いていないんです」


多いときで月に300本ほどの金具の取り付けを実さんが担当している

一生懸命働いている職人は苦しい生活を強いられ、ユーザーは本当に求めている商品が手に入らない。そんな状況を目の当たりにし、実さんは「このままだと本当に和装小物業界はなくなってしまう」という危機感を抱いた。職人が高収益を得られ、かつユーザーの声を反映した商品を提供できる新しい事業を作り出そうと決意する。

さまざま新規事業に取り組むも、失敗の連続

「流通経路が長い」という根本原因を解決するために、実さんがまず思いついたのは、自社のカタログ制作だった。カタログを作って直接ユーザーからセミオーダーを受ければいいと考えたのだ。

しかし、早々に頓挫してしまう。カタログはなんとか作り上げるも、販路を考えておらず、競合他社との差別化もできていなかった。それに既存事業を回しながら、新規事業を回していく人手も足りなかった。

「新規事業は私ひとりでやっていたんです。父や社員に、はじめは『こんなことやろうと思っている』と伝えていたのですが、前向きな意見はもらえませんでした。だから結果が出るまで何も伝えないでいようと、黙々と取り組んでいたんです。でも既存事業にも関わらないといけなかったので、ひとりでは手が回らず、なかなか思うように進みませんでした」


「懐かしい」と言いながら、当時制作したカタログを見せてくれた

その後も、実さんは和装バッグ制作キットの販売、外国人観光客に向けたバッグ製造体験事業など、思いつく限りのことに取り組んでいった。しかし、どれも上手くいかなかった。

「当時は、闇雲に思いついたことに取り組んでいたんですよね。ゴールを決めた上で手段を考えていくような逆算思考が全くできていませんでした」


和装バッグの制作ノウハウは本で学んだという

経営に関して学びを深めようと、外部の勉強会にも参加をしたことがあったという。しかし実さん以外の参加者は、ほとんどが創業社長。自分との状況の違いに、負い目を感じることも少なくなかった。

「周りの方々は、どんどん事業を進められていて成果を出していたんです。それに比べて自分は上手くいっていませんでした。だから『自分は能力がないんだ』と落ち込んでいた時期もあります。でも、よくよく考えてみれば、創業社長と後継ぎでは状況が全く違うんですよ。後継ぎは、周りの協力がなかなか得られなかったり、既存事業にも力を入れなければいけなかったりと障壁がたくさんあるんです」

後継ぎのメンターと1人のユーザーとの出会い

潮目が変わったのは、2018年。世間的にも後継ぎを支援しようという動きが出てきた。一般社団法人ベンチャー型事業承継が設立され、2019年には「アトツギファースト」というオンラインコミュニティがスタートし、実さんは参加を決める。また公益財団法人大阪産業局が大阪府と連携して運営しているプロジェクト「大阪商品計画」にも2020年に選出された。

そして、多くの後継ぎの方々と交流する機会が増え、メンターのような存在が見つかったのだという。

「先輩の後継ぎの方々からは上手くいったことだけではなく、どこでどうつまずくのか、といったこともシェアしていただきました。自分が取り組む新規事業がなかなか進まないのは、自分がダメなんじゃなくて、後継ぎにとってはある意味スタンダードなことなんだという気づきも得られました。『後継ぎは後継ぎからしか学べないことがある』と身をもって実感できたと思います」


2022年に立ち上げた新ブランド「tatsumi」のパンフレット

新規事業を通して、自分が実現したいゴールはなにか。その答えをひとりのユーザーとの出会いの中で、実さんは見出す。

「日本刺繍をされているユーザーの方とオンライン通話をしながら、バッグの制作を進めていったことがあったんです。どんな思いで刺繍を制作し、どんな場面で使いたいかなどを聞きながらバッグを制作していって、とてもやりがいがあるなと感じたんです。『ユーザーの思いを一緒に形にしていくこと』が自分のやりたいことだとはっきりとわかりました。それでユーザーと作り手が相互に幸福感を得られるこのやり方を、本格的に事業にできないかと考えだしたんです」

自信を深めることができた2つのピッチ

この新規事業の構想が固まったことをきっかけに、かねてより興味のあったビジネスピッチコンテストへの出場を実さんは決める。一般社団法人ベンチャー型事業承継が主催する「アトツギピッチ2022」では準グランプリ、中小企業庁主催の第3回「アトツギ甲子園」では準ファイナリストに選出。そのことで、新規事業に手応えを感じることができたという。

「これまで取り組んできた新規事業は、自分自身もあまり自信がなかったし、周りからも微妙な反応しか得られなかったんです。でもピッチで話したオンラインセミオーダーの事業は周りからの反応がとても良かった。父も社員も、『いいかもしれないね』と言ってくれました。それで『もう迷走せずに、この方向に全力で向かっていけばいいんだ』と自信を深めることができました」


普段から本音で語ることを大切にしているという

「アトツギ甲子園」出場後は、メディアからの取材やコミュニティの集まりなど、声をかけてもらえる機会が増え、つながりが広がっていったことで、新規事業の新しい可能性も見えてきたという。

「もともとは成人式で振り袖を着るユーザーをターゲットにしようと思っていたんです。でも最近は遺品整理や生前整理を考えているユーザーからも声をかけていただくことが増えてきました。『トートバッグや財布など、日常使いできるようなものにしてほしい』というリクエストをいただいているので、今は商品を拡充していくことにも取り組んでいます」


工場にはたくさんの和装バッグが保管されていた

今後は、美容サロンや葬儀屋など親和性の高い業者との提携も予定しているという。提携先にリーフレットを置き、オンラインセミオーダーサービスの紹介を代行してもらう。そうすることで提携先にはインセンティブが入り、ユーザーには割引クーポンがつく仕組みだ。成人式でヘアセットに来る人や、生前整理の機会がある人など、ターゲットが多く訪れる場所との提携を図り、さらに事業を拡大させる見込みだ。

「和装小物業界全体は斜陽産業であるのは間違いないですが、オンラインセミオーダーサービスについては、伸びていくだろうなと期待しています。少なくとも、技術をつないでいって未来に残すことはできるんじゃないかなと思っています」

「次は自分の番」次世代の後継ぎのメンターに

数々の失敗を乗り越え、自分がやるべき事業に気づけた実さん。方向性が定まった最大の要因は「メンターの存在だった」という。

「自分の一歩先、二歩先を進んでいるメンターさんと出会えたことで、一気に考え方が変わったと思います。ブランディングやマーケティングはもちろん、目的地はどこなのかを決めてから、事業を考えることの重要性に気づけました。そういう意味でアトツギ甲子園のような場に出場してみることは大いに価値のあることだと思っています。同じようなところで奮闘している後継ぎやメンターのような先を行く後継ぎにもたくさん出会え、いい刺激が得られるはずです。迷っているならとりあえずエントリーしてみることをおすすめします」


和装バッグへの熱い思いを聞かせてくれた実さん

また、新規事業とは別に新しい目標もできたと教えてくれた。

「これまでの経験は決して無駄なものではなかったと思うんです。ここまで失敗を繰り返してきた人はなかなか珍しいはずなので、この経験を後継ぎの後輩たちにシェアしてあげることも自分の役目なのかなと。僕が出会ったメンターさんたちは無償で、丁寧に色々な知恵を授けてくれました。今度は自分の番だと思っていますので、困っていることがあればぜひ相談してもらえたら嬉しいです」

思い入れのある着物や帯、和装小物業界の技術、後継ぎの経験や知識。次世代へのバトンを繋いでいく実さんの挑戦はこれからも続く。



株式会社巽creatif (タツミクレアティフ)
大阪府大阪市生野区巽東 4-9-15
ホームページ:https://tatsumi-connect.jp/



ライター、カメラマン、編集:ココホレジャパン株式会社(https://kkhr.jp/
制作日:2023年9月~11月 ※第4回「アトツギ甲子園」特集記事引用


 

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