絶滅危惧種のチョウザメを守り、養殖していく。 家業の建設技術を掛け合わせた新しい養殖事業
<この連載は…>
先代の経営資源を引き継ぎ、新たに独自の事業を立ち上げようと奮闘する後継者たちのアトツギ・ストーリー。「アトツギ甲子園」過去大会ファイナリストたちの出場後について聞いてみました。
たまたま手伝った養殖事業に熱中し、Uターンを決意
日本三大秘境のひとつと言われる、宮崎県椎葉(しいば)村。宮崎県中部に位置する山間ののどかな地域だ。そんな地に、チョウザメの養殖やキャビアの製造・販売を行う、株式会社キャビア王国がある。キャビア王国が製造・販売する「平家キャビア」は、椎葉村の清流で育てられたシベリアチョウザメから採卵される。水揚げされたチョウザメは15分以内に加工場へ搬送。採卵後に厳選した卵のみを特別ブレンドの塩で低濃度に塩漬けし、水揚げから4時間以内に瓶詰めされるのが特徴だ。低温殺菌を行わないフレッシュキャビアのため、素材本来の味を楽しめる。
椎葉村の豊かな清流で育ったフレッシュなキャビア「平家キャビア」
そんなこだわりが詰まった「平家キャビア」を手がける株式会社キャビア王国の代表が、鈴木 宏明(すずき・ひろあき)さん。もともと東京の大手通信会社で働いていた鈴木さんは、宮崎県にUターンしてキャビア事業を展開することになるのだが、当初は「家業を継ぐ気はなかった」と語る。
「僕の実家は、有限会社鈴木組として建設業を主軸に経営しています。父が二代目として祖父から継いだ会社で、チョウザメの養殖やキャビアの製造は、もともと鈴木組が建設業の傍ら行っていた事業でした。当時の僕は建設業も一次産業も田舎の土地柄も自分には合わないと感じていたので、家業を継ぐ気はまったくなかったんです」
そんな鈴木さんがUターンして家業を継ぐことを決心するまでに、何があったのだろうか。
「将来的にITで起業をするために、勤めていた会社を辞めて海外留学に行こうと思っていたんです。家業を継ぐきっかけになったのは、渡航前の期間を実家で過ごしていたときに、家業を手伝ったこと。
もともと留学前に実家に帰ったのは、東京でお金を無駄遣いしないためでした。家業を継ぐ気がなかったので、当然帰省時に家業を手伝うつもりもありませんでした。しかし、親に『仕事をするか実家を出ていくか、どっちかにしろ』と言われ、仕方なく手伝い始めて。最初は建設業の仕事をしながら、手が空いたタイミングでチョウザメの養殖事業を手掛けていました」
養魚場から加工場までを自社一貫体制にすることで、効率的に質を担保
「チョウザメの養殖をする中で、自然災害などによる被害でチョウザメが犠牲になってしまうことも多々あります。そんな悲しい出来事があるたびに心が折れそうにもなりましたが、事業に取り組んでいるうちに、徐々にチョウザメに愛着が湧いてきたのです。次第にチョウザメの養殖やキャビアの製造事業におもしろみを感じ始めどんどんのめり込んでいきました。そして現在は鈴木組から事業をスピンアウトして、養殖やキャビアの製造事業に注力しています」
キャビア事業の知名度向上のために「アトツギ甲子園」出場を決意
鈴木さんは2021年に開催された第1回「アトツギ甲子園」に出場し、最優秀賞を受賞した。彼は何のために出場し、どんな想いを述べたのだろうか。また、決勝でプレゼンするにあたって取り組んだこととは。本大会に出場した理由や準備期間について次のように語ってくれた。
「当時はチョウザメの養殖やキャビアの製造を始めたばかりで、事業の知名度がほとんどない状態だったんです。そんなときにたまたま開いたFacebookで、『アトツギ甲子園』が開催されることを知りました。まずは我々の事業を多くの人に知ってもらうために、出場を決めたんです。また、憧れであるOWNDAYS株式会社代表取締役の田中修治さんが審査委員を務めることも決め手のひとつ。『決勝まで進めば田中さんに会えるかもしれない』という思いが後押しになり、プレゼンの準備を始めました」
チョウザメは密漁や乱獲の影響で、絶滅危惧種に設定されている。そしてチョウザメからキャビアを取るまでに必要な年月は8年。チョウザメの養殖の重要性やキャビアの製造の難しさがよくわかる。鈴木さんはそんな課題を解決する策をプレゼンした。
第1回「アトツギ甲子園」決勝大会(オンライン開催)
その内容は、稚魚と成魚を別々の会社で育てることで効率化を図り、全国の廃校のプールや耕作放棄地をチョウザメの養殖場とするもの。チョウザメを守りつつ、施設や土地の利活用、雇用創出などの社会課題の解決にもつながる見事なプランとなっている。
過去には他のビジネスピッチへの出場経験もある鈴木さん。資料の作成やプレゼンのノウハウは持っていたが、「アトツギ甲子園」出場直前に資料をゼロから作り直すことになった。
「本番1週間前に、株式会社一平ホールディングス代表取締役の村岡浩司さんにメンタリングしていただいたんです。そのときに『宮崎では有名かもしれないけれど、全国って甘くないよ』『そんな気持ちなら出なくていい』と厳しいお言葉をいただいて。僕も『このままではダメだ』と思い、全部資料を作り直しました」
本番直前のプレゼン資料の再作成が簡単ではないことは、ビジネスピッチ出場経験がなくとも想像が容易い。それほど、鈴木さんの「アトツギ甲子園」に対する気持ちは強かった。また、すべてを白紙にしてプランを練り直すことは最優秀賞受賞に導くだけでなく、鈴木さんの大きな糧になった。
「最優秀賞をいただいたことは、とても光栄なことです。ですが、プレゼン資料を作成するにあたって『なぜこの事業をやるのか』『どんな思いでビジネスをしているのか』などを改めて考えたことに、大きな意味があったと思います。
後から気づいたのですが、僕がその1週間でやっていたことは、通常だとブランディングコンサルの方に何百万円もかけて依頼して行うことだったらしいです。『アトツギ甲子園』に出場することで事業や自分の気持ちを見つめ直すことは、大きな付加価値だと思いました」
ニッチ産業は市場の拡大と生産量の増加の両立が鍵
「アトツギ甲子園」での最優秀賞受賞は大きな反響を呼び、当初の目的であった知名度向上に大きく貢献した。さらに人脈形成にもつながり、世界的な経済誌の「Forbes JAPAN」日本版で見開き特集が組まれるまでに。自身のモチベーションアップにもつながったそうだ。鈴木さんは本大会出場後、キャビアの製造を強化するにあたって新しい工場を建設すると同時に、株式会社キャビア王国を設立。現在はベンチャー企業として出資を受けながら事業を成長させることに奮闘している。
「チョウザメの養殖はニッチな産業のため、市場の拡大と生産量の増加を両立させることが大事です。養殖量だけを増やしても生産販売量が増えないと大赤字になってしまいますし、販売量が増えたところで供給が追いつかなければ信用問題に関わります。市場の拡大と生産量の増加、片方だけでは成り立ちません。どちらも意識していくことが事業成長のポイントだと考えています」
宮崎が世界に誇る「都農ワイン」とコラボし、日本では数少ないフレーバーキャビアが誕生した。ワインとキャビアをマリアージュしたときのような幸福感を感じられる
鈴木さんの努力が着実に実を結び、キャビア王国の年商は倍々に増えている。傍から見ると順風満帆だが、まだまだ課題点は残っているそうだ。
「今は、家業である鈴木組の存続が課題です。これからの日本はどんどん人口が減っていき、公共事業の減少や働き手不足に陥ることが考えられます。そうすると、鈴木組の主軸である建設業界で業績を伸ばしていくことが難しいなと。祖父の時代から続いている建設事業を絶やすことなく、鈴木組とキャビア王国を続けていくための手段を模索しています。
現段階の有力な手段としては、キャビア王国が鈴木組を買収し、鈴木組の建設技術をチョウザメ養殖のいけす建設に活用すること。しかし鈴木組は親の居場所でもあるので、父と話し合いをしている最中です」
頑張った結果の恥は勲章になる
チョウザメ事業への想いを熱く語ってくれた鈴木さん。彼の挑戦はこれからも続いていく
現在、キャビア王国では廃校のプールを活用してチョウザメを養殖するプロジェクトが進行中だ。本プロジェクトを全国に広めるための取り組みを、各自治体に持ちかけているとのこと。また、ネット通販をメインとする販売網強化のため、自社ECサイトでの販売に注力するほか、海外への輸出も計画中だ。キャビア王国のさらなる成長が期待される。
最後に、鈴木さんに「アトツギ甲子園」への出場者や出場を検討している方に向けたメッセージをもらった。
「僕は、自分のことを知ってもらうことが後継の第一歩だと考えています。『僕なんかが出場していいのかな』『人前に出るのが恥ずかしい』と思っていたら、いつまで経っても世界は広がりません。でも、一歩踏み出せば全然違う世界が見えてきます。
悩んでいる暇があれば、ぜひ挑戦してみてください。それで恥をかいたとしても、何も恥ずかしがることはありません。頑張った結果の恥は勲章になるので。」
「家業を継ぐ気はなかった」と語る鈴木さんが夢中になったチョウザメの養殖とキャビアの製造・販売事業。代々受け継がれてきた建築業も担いつつ、キャビア事業を拡大させるべく、新しい取り組みを重ねてきた。これからも家業の存続と発展のために奮闘する鈴木さんの挑戦を応援していきたい。
事業者名:株式会社キャビア王国(宮崎県児湯郡都農町)
代表者名:鈴木 宏明
ホームページ:https://heike-caviar.jp/
SNSリンク:https://www.facebook.com/miyazakiheikecaviar/
関連記事
関連記事がありません開 催 | Organizer